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ただあきの夢
上野原台地の下にトンネルを掘る
掲載は完了していませんが、加筆修正しながらこのテーマを堀り進めます。
ご意見、ご提案をお待ちします。
本論を参考にして開発や企業化の計画をお考えの時はご連絡ください。
ただあきへメール

NO−1  2002.12.22

曇り空だ、朝から蒸し暑い。日曜だし、誰か来ないかな?と、考えながら、テレビのリモコンスイッチを入れた。黒猫ミーが擦り寄ってきた。カミサンは、ピアノのお稽古か‐‐‐。リモコンでミーの首をなでたりした。

外でバイクの停まる音がした。忠亮君が大声を出している。すれ違った人に挨拶している。その後、ピンポンが鳴った。「おっはよう」3回とも語尾を上げたまま、居間へ入ってきた。「今日も暑いなー」「元気ですかー」そう言って座布団を引っ張ってソファーに座った。

サンディ・プロジェクトの田原さんがブラウン管で、小泉さんの人気の話をしている。忠亮君は、小型バイオの電源を入れた。

「小泉さんが悪いんじゃないよな。世界標準に合わせようとしたら、この国のシステム全体が機能しなくなったんだ。ロシアの共産主義も日本の官僚主導の平等主義も同じだ。時の流れが早すぎて、対応できないんだ。誰が総理大臣をやっても同じだよ。」バイオをスクロールし始めた。

 「あんなぁ、深城ダムのトンネル。総延長三十何々何キロメートル。観光バスが中ですり違ができる。天井までの最高位は、何々何メートル。狭いところが何々何メータル」「参るよなー。あんな長いトンネルがあるとは思いもしなかった。今は保守工事、観光用」「ダムで大月市の固定資産税○丸々円。えーと地方交付税はこの分が減額かなー、今度調べよー。」そこまで言って、セブンスターをポケットから取り出した。

景気も悪いし、体調も良くない。私が憂鬱そうな表情に見えたのだろう。忠亮君は「朝食すんだ?」と気遣っている。私が朝食を抜く理由を知っている。そんな時は、よく元気づけの話題が多い。気分が変わるように仕向けてくれる。引き込まれて相槌を打ったりすると、余計に大声になって熱心に解説をしてくれる。

「あれが」とか「こうしたんだよな」からスタートする独特のしゃべり方は今日も快調だ。慣れている私は、あれが誰か、主語は何かを省略しても、すぐに理解できる。逆にこちらも「あれはこうなった」それで理解してもらえる。
 長い付き合いになった。

忠亮君のパワーには、感嘆することが多い。問題処理の能力。スピードと的確さ。データ量の豊富さ。人脈の厚みと深さ。それと頑固な風貌からは見えないが繊細な感性と意外な優しさ。八白土星特有の温順で高潔な人柄を私はよく見知っている。誰にも頼れない遠縁の夫妻を死ぬまで看取ったり、神戸や島原・奥尻の地震には、黙々と援助物資等を届けたりする。人情話には、涙腺が緩む。人の気持ちを敏感に察して、すぐに手を差し伸べてくれる不思議な魅力を持つ男だ。

忠亮君は話しを始めた「こんな時代にウソでもいい。前向きの大きな明るい話しが欲しい。そうなんだよなー。」

                                

NO−2  2003.01.05

忠亮君は話を始めた。前向きの大きな話とは? 私もタバコに火をつけた。

「上野原の地下にトンネルを掘ったら面白いぞ」「町おこしには、ぴったりだ。」坊主頭を撫でた。

「黒澤村長のことは、前に話したよなー。そこが、この原点なんだ。」 

うっ!!本題のトンネルでなく前置きか?私はタバコをふかした。今日は、話しが長くなるぞ。休日だし、時間はたっぷりある。面白い話が聞けそうだ。肘掛に持たれかかった。

黒澤村長のことは、忠亮君から度々聞いて知っていた。

 黒澤さんは、日航機が落ちた御巣鷹山のある群馬県上野村の村長で、村おこしに非凡な才能を発揮し、山奥の寒村を驚くほど豊かな村に作り変えた地方の実力者である。日航機事故では、驚異的な指揮能力と決断力を示して、猛烈なスピードで救急救援活動を展開して、非常事態には自治体の長はかくあるべしとの形を見せた。

今日でも、広く世に感謝と尊敬を集めている。地方の時代の指導者にとっては、神様みたいな存在のムラオサである。

忠亮君は、万場町に工場を持っていたので、黒澤村長とは、普通のおやじとして面識があった。カッコもつけない屈託ない人柄が伝わっていた。有名人と気づいたのは飛行機が落ちたその後であった。

「黒澤さんからヒントを得たんだ‐‐‐。」前置きもデカイ話だった。

「万場町の隣が中里村でその隣が上野村です。この3町村は結びつきが強く色々な交流が盛んで、結婚式で町村長と一緒になる機会が多かったよ。私も黒澤村長と一緒に話すことが3〜4回会った。住民の話によると黒澤村長は、福田総理の懷ガタナと言われていたそうで、当時、その行動力や考えは総理大臣より上との噂があった。福田さんは、総理大臣になっても黒澤さんに相談していたそうで、昭和40年から村長となり全国町村会長を歴任した。」
 
そこまで言って、忠亮君は計算を始めた。

「今年で38年になる。シク=36と2年村長10期目だ!!としゃ‐‐。」

 急須に手を伸ばしたので、私はバイオをこちらへ向けた。表題に黒澤村長と書いてある。ワードで上の記述があり、その下行を探した。いつものようにビッシリと書いてあった。

 黒澤さんは村長になり、まず成人病対策に手を打った。診療所とデイケアセンターを廊下でつなぎ、高齢者住宅を4mで行ける至近距離に建設して、村内の全ての老弱者を低料金で住まわせるよう試みた。このことは、まず上野村住民の老後は、快適な住まいと医療と食事とを保障される安心感が生まれ、山村の過疎地でも快適に暮らせる仕組みを確立した。

 その後、中学生はカナダへ、成人はスイスへ村費で体験留学させて、国際感覚を見につけさせた。帰って来た人々は村の観光資源を見直し、観光立村を目標に掲げ、道端に花を植えたり、家に花を飾ったりして、環境を整備し始めた。観光客や成人病対策研修者が増え、経済基盤が安定してきた。ほぼ全戸に民宿の許可ができるように村で支援をした。これは、後に日航機事故の警察官や自衛隊員宿泊の助けとなる。

 はッ!! まるで絵に描いたような村つくりダ。元気の出る話だ。私は、黒澤さんに魅せられてきた。気分も良くなってきた。

若いころの黒澤さんは、ゼロ戦の指揮官として海軍少佐で復員した。その間の経験を思い出し、世界一の中華料理には椎茸を多く使用している点に着眼し栽培を始め、昭和34年農林水産大臣賞を受賞した。

そこまで、読みきらないうちに、忠亮君が見を乗り出してきた。

「トンネルのことはこの後ヨ。」

「黒澤村長は、隣の中里村の叶山開発を提唱した。つまり、中里村から秩父市間をトンネルを堀り内にコンベアーを作り、中里村の石灰岩を秩父のセメント会社に運搬する計画なのだ。」バカボンの父さん口調になった。

「上野村の長野県の県境近くに地下500mで神流川発電所を造ってるよね。あれは、年間50億円程度の固定資産税が見込めるのだが‐‐‐。」
 えッッ!! 忠亮君よ  固定資産税の方向に行くの?

「知っているよ。神流川。サンバ石の。」私は、あわてて相槌を入れた。

「そのダムを目玉にして周辺の観光資源を開発する。恐竜化石の中里村も、もちろん上野村も入れて。観光客を呼べる。すると交通は池袋から秩父に来ている西武鉄道。軽井沢までの延長を考える。鉄道がない僻地のこの地域に駅を作る予定があるよね。うれしいことよ。」

「なるほどそう思う。良い考えだ。」うなずく。

「秩父のセメント会社が、石灰岩を取り終えたら、そのトンネルに西武鉄道を走らす。」

「壮大な夢よ。こんな時代だから、うそでもよいから明るい話が欲しいよ。」

「まあその通りだッス。」私が返した。

「黒澤さんからのヒントで、上野原にトンネルでも掘ったらよいと考えついた。黒澤さんも偉いよな。」

やれやれ、ちょっと疲れた。

                                                                           

NO.3  2003.01.16

忠亮君は続ける。えらいパワーのある男だ。スーと鼻から息を吸いこんだ。

黒澤村長の話は続く。

例の昭和60年日航機墜落(御巣鷹の尾根)事故の采配は話し切れないほどある。明治32年に施行の「行路病人及び行路死亡人取り扱法」を運用し、520柱中328柱を上野村で供養することを決定した。一般の市町村ではちょっと思いつかない。

好きな考えではないが、心から供養して、結果的に村に金が落ちる。御巣鷹の尾根は、どこへも持って行けない。また、事故の直後から、すごい数の重機が狭い道路を拡げながら次々と押し寄せた。道路も宅地も田畑も山も村民の生活もめちゃくちゃにされた。それでも良しとする村民の善意の提供が先にあった。

忠亮君はこのあと実例を挙げて話した。自分の言葉にうるるんとのめっていた。

私も、感動を覚えながら、黒澤村長と忠亮君には失礼になるけど「多分村長は、惨禍の中でも今後の村おこしのことを考えていた。国にも県に対しても、村民の善意の提供に報いるために、断固とした態度で、十分な補償と村のインフラ整備の約束を取りつけていたはずだ。」と考えていた‐‐‐‐‐。

「お茶を入れかえよう。」コーヒーは夜眠れなくなるほど興奮する体質の忠亮君には、もっぱらお茶のほうがいい。

村おこしの話しは続く

  黒澤村長は、誘致企業が不況で操業停止やレイオフの気配がすると、地産の材木を活用することを考えた。若い職員を採用し小田原の木工所へ教育研修に派遣し、帰ってくる時期に合せ工場を建てた。それが稼動し現在は、40人程の雇用を生み出し、2億円程度の産業を創出した。

隣の万場町より半分程度の人口しかなかった山奥の上野村は、今ではその数を逆転した。町が村の人口より激減した。

上野村の振興公社事業や独特の村おこしについて、全国の過疎町村から視察や講演の問い合わせが殺到して、村長は「知恵のある自治体は、合併の必要はない」といわんばかりに、国が推進する市町村合併に反対の立場で先頭に立って活躍している。

忠亮君は、そこまで一気に話した。温めのお茶をごくごく飲み込んで、またスーと鼻から息を吸い込んだ。気力に満ちている。

私が質問しようとしたが遮られた。

「御巣鷹山は商標登録をした人がいるので、マスコミは御巣鷹の尾根と表現を使っているのだ。」

へぇー!!そんなことまで知っているのかい。質問を急いでし直そう。

「あの御巣鷹の尾根の事故後から、上野村は全国的に有名になった。その前から独特の行政で注目されていたのだね。」「広い道路ができたり、橋ができたり村の様子が大いに変わったことは、テレビで見ても確認できる。」「黒澤さんは、この次には何を考えているんだろー?」

忠亮君は姿勢を正した。黒澤さんが乗り移ったか?

「私が黒澤さんだとすると‐‐‐。池袋から秩父を通って上野村から軽井沢までの鉄道構想は着々と進行中として、次に道路整備を考える。上野村は群馬県の藤岡市の山奥だけど、この方向は、事故後に整備がほとんど完成した。従って、長野県の佐久市へトンネルを掘ることを考える。10〜15qのトンネルで佐久市に20分くらいで行けるようになる。群馬県の下仁田町の方が近いが優先順位を決めて両方やる。村営のヘリポートもほしいかな。それでこの地域の交通インフラ整備は完了する。」

「神流川発電所からの税収も上がり始める。えーと、平成17年に47万KW出力だから、最高出力の16%として、平成18年度には村の歳入が8億円増える。年次増えて最終は50億円。」

「なー!! すごい!! 今まで以上に交付税をもらう必要なし。行政が村民に余剰金を分配するわけにいかないんで、村民を雇用してうまく分配するシステムを作って、山へでも木を植えるか?いや、果物のなる木、あの地域にあうような果物か、よく研究して、珍しいものを考える。マツタケ栽培を村をあげて研究しても良い。」

忠亮君は上野村の村長の雰囲気になってきた。愉快だ。いいぞ、よその村おこし!?

そのうち、黒澤さんのことを教えてほしい。ピンポーンと客が来た。和智さんだ。


連載NO.4  2003.01.29

 「こんちわッ!!」 和智さんが入って来た。「加藤さんのバイクが有ったから、寄ったんだ。」と言って姿を消した。勝手知ったる私の家。父親の仏壇に線香をあげて戻ってきた。いつものように部屋の中をでかい眼で見廻し、変わった様子がないか観察してソファーに座った。

「今、黒澤村長の話をしていたところです。粗茶ですがどうぞ。」と私が言うと、「ウンウン」と大きくうなずいて、髭をさすって続けた。黒澤さんのプロフィールは、前に聞いて知っていた。

「深城ダムのことだけどよー。あれは、いったん葛野川に水を落として、ポンプアッブするのだと?」忠亮君に向かって質問した。その後大きなあくびをした。忠亮君は、ちょっとくさった。

 そして、落ち着いた声で答えた。「そうです。其の通りです。」和智先輩に対して姿勢を正して、やや気を取り直した。「黒澤さんの話に重なるけど、葛野川発電所のことを説明します。」お茶をすすった。

 以下は、忠亮君の説明です。

東京電力は新潟県に作った柏崎刈羽原子力発電所から電力を、静岡を入り口にして東京に向かって供給する計画になっている。昼間の給電は需要を見込めるが、夜間は消費が落ちる。原発を休止するわけには行かないので、有効利用を考えて夜間電力を利用する揚水式発電所を作っている。つまり、昼間に発電して下部ダムへ落とした水を、夜間は原発電力を使い上部ダムへ揚水(ポンプアップ)を行う。これが前出の神流川発電所と葛野川発電所である。

神流川発電所は、上部ダムを信濃川水系相木川の長野県南相木村に下部ダムを利根川水系神流川の群馬県上野村に発電施設と供に計画し、最大出力282Kwの施設で平成17年7月に47万Kwの運転を予定しています。

もう1つの、葛野川発電所は、上部ダムを富士川水系日川の塩山市に下部ダムを相模川水系土室川の大月市に発電施設と供に計画し平成11年12月から一部運転を開始し、最大出力160万Kwの発電所となる予定です。

 ちなみに、山梨県の電力消費は平成10年7月3日に126万Kwを記録し、7割を柏崎刈羽原子力発電所から、2割を長野県の水力発電から、残りを県内の水力発電で補った。 忠亮君のバイオには次の書き込みがあった。

※葛野川発電所を見学しよう

連絡は葛野川PRプラザ(猿橋駅前直進2つ目の橋手前左坂上)

              TEL:0554‐90‐8600

 この、発電所は塩山市から大月市までの水路や地下約500mにある発電施設への設備導入路や保守点検別に送電線用など多くのトンネルが塩山市・大月市の山を貫いています。

和智さんは、「おもしろそーだ。今度行ってみよう。」電話をメモった。


連載NO.5  2003.03.21

和智さんは、65才を過ぎていても元気な人だ。ホンダの50ccのバイクでどこにでも行く。神流川発電所の近くまで行って上野村の民宿に泊まってきた。忠亮君の話に追加できる沢山のみやげ話を仕入れてきていた。葛野川発電所見学はきっと近いうちに実現するのだろう。
 もう30年も前になるけど、数回も箱根までツアーリングをし事もある。道志を通って山北町に抜けたりした。道が悪くよく揺れたので尻が痛くなったそうだ。数年前は、ちょっくり出かけてくるからと言って留守をした。1週間ばかり経って、手に槇の幼木を持って現れた。妻が欲しがっていたのを聞いていたのだ。静岡の袋井に行って来たと言う。あの辺りは、山に槇が自生している。娘さんがそちらに住んでいるので、バイクで気軽にふっと出かけるのだ。

そればかりではない。驚いたのは、北海道の親戚まで3回も遠乗りしたことだ。4号線沿いに知人も多く寄り道しながらふっ飛ばす。トラックが多くて危険なので、裏道を行く。バイクおじさんは健在なり。

和智さんは始めた。「文教線は、ずいぶん思い切ったことをしてくれたけど、100年の計と考えると立派な仕事だったよな。当時は相談もされたなーー。1年生議員があんなこと出来るなんて、誰も思っていなかったよ。」「よくよく考えると神戸級の大地震でも起こったら、明誠高校は絶好の避難場所になるよ。オレはあそこへ逃げる。町立病院も浄水場にも近いし、ヘリも降ろせる。上野原は断層が多いから、万が一のことが起こらないとも限らない。」と忠亮君の実績を認めた。

和智さんは忠亮君のことを買っている。評価が高すぎるとからかうと、ニコニコ笑いながら「あんな町議が出てよかった。町が面白くなった。」とよく口にする。

「ところでなー。加藤さんがトンネルを掘りたいという話を聞いたよ。質問されて困る。立場上、私が知らないなんて言えないよ。説明して欲しい。」

最近私も周囲の人から、よく質問される。さわりだけで、本論を明かさないでいる忠亮君に相当いらいらが溜まっている様子もある。誰よりも先に知りたいのが人情だし、そんな立場の和智さんでもある。何とか聞き出そうとしている。誉めた後にプレッシャーをかけた。

苦笑しながら、忠亮君はやや乗ってきた。「和智さん。また、今回も相談ですがーー、トンネルを掘るにはブルトーザが必要かなー。もっといい方法がないですか? 例えば、水圧を利用した掘削マシンとか、レザーを利用してでかい穴を明ける機械とか。その辺のいい知恵ありますか?」

やはり、小出しだな。焦点がぼやける。

「これからは、団塊の世代のおじさんが退職を始める。10年後は全員が退職している。私もその一人ですがーー。彼らは、会社や役所勤めの中で30年間いろんなことを経験してきた。高度成長からバブル崩壊まで、変動を生き抜いた。働いた、教えられた、鍛えられた、考えた。歴史の矛盾もよく理解して、乗り越えてきた。まだ十分に若く、長く培ってきた専門知識も現役よりむしろ深い。バランスのよい常識もある。そして、性は善です。新感覚で第二の社会へ出てくる。独特の世界観も備えている。」と一気に熱くなる忠亮君。

なんだ、方向を変えたな。「知恵ありますか?」と問うて返事を聞かないで、前置きとも取れないような、全然違う展開になった。またまた、疲れ知らずのトークキングが続くのか。

「退職すると彼らだけで、国民金融資産の50%近くを占めることになる。経済的に余裕を持つ階層がどっと増える。住宅ローンもほぼ終わっているので、子供や孫のためにもお金を上手に使う。時間もたっぷり持っているから、ゆとりで文化や教育や町づくりに口を出し、ボランティア社会の中核になる。専門知識を利用することが生きがいになるし、高給を期待しないからローコストサービスや商品で市場に参入してくる例もある。企業を経営するかも知れない。」

私ら二人の表情を観察しながら、忠亮君はさらに続ける。

「体育会系の人は、介護関係に参加する。それが見えるから、お国は、介護手当てを大幅に増やすことは考えない。彼らがローコストで手助けしてくれるから。」

「数年すると、世の中変わり始める。上野原でもその兆候が見え出してきた。身近にそんなお父さんを知っているでしょう?心の豊かさが全てに優先する時代になる。団塊の世代が本当に威力を発揮するのはこれからです。町づくりも彼らが認めなければ、成り立たないのです。」

トンネルを掘る説明を逡巡しているのだ。またまた本論から外れたが、忠亮君はそこそこのエコノミストの側面もちろっと見せた。そんな考え方もあるなと勉強になった。
トンネルのことも、少しずつ話し始める雰囲気がしてきた。


連載NO.6  03.04.10

 上野原の地下にトンネルを掘るという噂が立ち始めていた。いよいよ夢を話してくれるのか?期待して耳を傾けようと思う。忠亮君は続ける。

「私のトンネルを掘る構想に、ヒントになった事業があります。」いよいよ、本論の展開が始まるのだな!! 序論が長くてくたびれたが、まー勉強にはなった。涼しい風も吹いてきて、やや暗くなってきた感じだ。

「文教線の富士見が池トンネルの事業です。」私たち二人の顔を見回して切り出してきた。

富士見が池トンネルと言えば、忠亮君が町議になって始めて手がけた仕事だ。まさか1年生議員があのような大事業ができるとは思いもしなかった。本人にも思い入れがあるのだろう。

「明誠高校の当時の事務長の田口さんから、明誠高校と地域協力ついて地元の学校関係者と話し合いの機会をつくって欲しいと相談を受けた。あれは平成5年7月5日でした。暑い日で依頼を受けた私は町在住の歴代のPTA会長さん方の会合をセットしてご意見をうかがった。始めは、地元に対する開校時の条件、苦情、不満等で険悪な場面もあったが、しだいに昔話が盛り上がり、各氏が明誠にバスの乗り入れが出来るように苦労したことが話題になった。これを機会に、もう一度考えようと全員が協力することになった。あれが、出発点でした。」

「この後に、町内の区長さんとの連絡会議や学校の地域開放・ブラバンの地域交流等色々なことが実行された。そんな中で平成9年春の第69回甲子園出場となって後援会の活動の頂点を迎えた。」

忠亮君気分よく話を進める。

「何度も会議を開いたり、田口事務長からも日本大学との協議内容や問題点について検討をし、役場関係者に調査検討を依頼した。町長からは、日本大学との折衝を一任されて張り切っていました。」

「平成7年度町の補正予算で測量及び計画設計事業費が認められ、日本大学に協力要請を正式に申し入れた。日本大学から翌年6月17日付で回答があり、トンネルを含む文教線工事費の一部負担金1億5千万円と校地約1300坪の一部譲渡の協力回答を頂いた。」

「平成8年6月24日、私は町長と建設課長に同行して頂き、日本大学の理事長である瀬在良男総長に事業の協力回答の御礼をしました。

「最終的に日大からの協力回答は、6億5千万円に評価された土地譲渡とトンネル用にグランド地下の使用権の承認も頂いた。合計で9億円以上のものになった。」

「この間何度と無く、明誠や日本大学及び役場関係者と打ち合わせや協議を行ったことを懐かしく思います。」

淡々としゃべった忠亮君には、大事業を成功させた満足感があふれている。

私も、忠亮君の実績は知っている。何の報酬もなく、手弁当で町のために奮闘努力していた姿は、心底から感動した。尊敬に値する。町は、1年生議員のお蔭で、最小の予算でどでかい効果を手に入れたのだ。

−−−−。いいぞ!! 雰囲気が盛り上がってきた。

一気にトンネルのことを教えてくれますか?

忠亮君さらに続ける。

「出来上りかけた富士見が池トンネルの中に立っていた。自然破壊の批判も聞いた。町に良かれと思ってしたことが−−−。瞬間に冷風が吹いた。頭が冴えた。」


連載NO.7  2003.06.10  

忠亮君の話は続く、「この時、大きなイメージが沸いた。というよりも、今までぼんやりとしていたものの輪郭がはっきりして来た。」

「群馬の工場にいた時、黒澤さんのトンネルが気になっていた。あの人のようにスケールの大きいことが出来ないものか、地の利を生かして郷土を発展させる手立てがないものかとーー」

忠亮君が熱く、トンネルについて語り始めた。ここへまとめて書くことにする。

上野原台地の地下にトンネルを掘る計画
忠亮君語る
発想の原点 こんな時代だから、ウソでもよいから明るいデカイ夢がほしいと考えていた。ばかばかしくてもみんなで笑えて、考えて、もしかして実現できたら最高だ。
きっかけ デカイ夢がほしいといつも考えていた。そういうのが、潜在的に頭の中にあると、人間は自然にそのことの資料を集めたり、行動してしまうような気がする。上野村のトンネルを見たのが始まりだ。
それから 深城ダムを見学したとき、決定的になった。あの長い高いトンネルの中を歩いて、ここに赤提灯の焼き鳥屋があったらよいとふと思った。

スナックやカラオケ屋やコンビニがあればとも思った。八百屋があって、魚屋があってと考えたら、深城のトンネルのなかに繁華街のイメージが広がった。野菜や果物や魚も倉庫は不要だと気がついた。
地上の星 イメージが膨らんで、中島みゆきの「地上の星」のメロディが流れてきた気がして、何回も行ったことがある「黒四ダム」のことが浮かんだ。
トンネル利用 建設用トンネルを大町市の観光などうまく活用している市町村は多くある。佐渡金山の観光トンネルは、何百年も利用しています。
ノーベル賞の小柴昌俊東大名誉教授が岐阜県神岡高山のトンネルの利用のひとつだ。
トンネルの耐用年数は長い。中央線も保守点検を行って来ていますが、100年は経過しています。観光以外にも多くの利用の仕方がある。よく考えてみようと思った。
大雑把な
コスト計算
深城ダムから帰ってすぐに、トンネルの大雑把なコスト計算をしてみた。町の富士見ヶ池トンネルは、人家の直下で浅い場所なので割高であるが、とりあえずよりどころとする。

富士見ヶ池トンネルの例で建設費を試算
全長 188m -
総工費 5億6982万円 メーター当り300万円
幅員 11.3m -
高さ 7.5m 一般住宅では3階建に相当
体積 12,639m³ 67.953u×188m
床面積 643坪 -
建設費 88.5万円/坪 -

トンネルを借金して作り賃貸して返済する計画案
建設費 45万円程度/坪 2階建だと約半分
賃貸料 2000円/坪 -
返済 2.4万円/坪 20年で返済可能

100年使用できれば 富士見ヶ池トンネルと同じ規模で
30億8640万円の賃貸料収入が生まれる。
トンネル課 建設費は、は業者に頼むと割高であることを考えれば、役所内にトンネル課を作ってトンネルを作れば半分以下で作れると思います。

連載NO.8  2003.06.10

忠亮君は、遠くを見るような目で話を続ける。

「こんな世の中だから、大きな夢が欲しいのです。庁舎建設だの、病院だの、ちまちました議論にはうんざりする。もっと大きな視野から、上野原を見つめなおすことが重要なのだ。夢のある議論をしたいのです。」

「国は、税や社会保障費をどんどん値上げする。それでもお金が足りないと言う。足りないから合併しろ! 交付税を減額するぞ! とか言って脅かす。」

「3割自治体は、職員の給料でアップ、アップが現状。事業をしたいと思っても、自己財源がないので国に相談する。補助金が来ても全額は来ないのが普通。残りは借金する。借金はたまる一方です。」

「インフレの時代は、それでよかった。これからは、借金を減らす工夫が必要です。首長は住民が望むことを全部聞いていたら、人気が上がるかもしれないけれど、本当は失格です。」

「首長は、例えば、病院を作る事を住民が望んでいたら、必ず発生する負担は、住民にも覚悟してもらわないといけない。住民に対して、よく説明して、住民が負担を了解したら事業化するような心がけが必要です。民意をすばやくつかむシステム作りも必要です。」

「借金を孫や子の世代まで、先送りしてよいはずはない。それを何とかしたい。」

忠亮君はそこまで一気に話した。厳しい顔になった。私も釣られて、難しい顔で応えた。
トンネルの話が横へずれた。

「忠亮君の言うことは、よく解ります。それがこれからの世の中のルールですね。」
 
病院の話が出たので、町立病院について忠亮君の考え方を聞いてみる。忠亮君は、答えてくれた。

「上野原は、首都圏に近い。この環境を利用すべきだ。八王子には多摩医療センターがあり、東海大病院もインターの直近に開業した。立川にも、相模原にも大病院がある。緊急用のドクターへリもよく利用されてる。」

「また、一方では、町内の国保利用者の25%程度の人が町立病院を利用しているに過ぎない。すでに病人のニーズは、周辺病院に向いている。これが現状だ。」

「25%の満足度ということでは、最近の『医は設備なり』に対応して投資するのは過大すぎて町では、負担に耐えられない。」

「例えば、町立病院を縮小し、小規模の24時間体制の救急手当て専門病院にする。患者を診て重症と判断したら、すぐに町立病院のドクターが乗車する救急車で応急手当をしながら、上記の病院群へ搬送する。その手配も町立病院がする。つまり、高度医療は首都圏の有名病院にお願いする。町内の専門医にはホームドクターとして病気予防と健康管理をお願いして、町立病院は、その両者の補完をする。」

「そうすれば、町民の負担は格段に少なくなる。あくまでも例えばの話だが、これも町民の意思が優先する。」

えっ、そんな発想ってあるんですか?忠亮君があまりにも淡々と話したのが、意外だった。

「やがて、都留市、大月市、上野原町の病院が合併して県立病院化する構想が現実化する。どこも赤字でやって行けないから。住民負担が重くなりすぎるから。」

現実は厳しい−−−−−−−−−。

忠亮君から驚く話ばかり聞かされた。トンネルの話をよく知りたい。ちょっと誉めて見て、その話を引き出す作戦に変えることにした。

「忠亮さん。あなたは、上野原町の営業マンを自認していまよね。町の財政の収入を増やしてくれています。また支出を削減したり、有効利用の提案をして、実績を上げて評判がいいですよ。すべての町議が、あなたと同じように頑張ってくれたら、町の財政は、豊かになる。」

忠亮君は、ちょっと照れた。緩んだ。

「町の問題は、町民の意見に一番近い区長さんに任せればよい。町議はみんなあなたのように営業マンになって、上野原をPRしたり、売り込んだり、人集めを工夫したり、進出企業を探したりして町の財政を増やす役割を持ったら、この町はよくなる。議員特権のある営業マンが22人いたら多大な経済効果を生じる可能性がある。」

いけない、蛇足だ。

「ところで、トンネルのことを話してください。」と懇願した。

連載NO.9  2003.06.30

忠亮君は話し始めた。

「トンネルや洞窟等の利用方法を聞いて歩いた。」

「岩手県の沢内村での農産物貯蔵施設”雪っこトンネル”は、使わなくなったトンネルの一番奥に、冬に数百個コンテナに雪詰しておいて、その冷気を利用し農産物を貯蓄している。玄米の食味が保たれ、人参や大根はしおれを防止でき、その上に甘味が増す等、ゆりやグラジオラスの球根を含め、出荷時期の調整から価格対策等までの利点が多く、今後幅広く利用して、”雪っこブランド”の確立を目指していた。」

「高知県赤岡町の日本一をほこる三龍洞窟は約800mの観光コースがある。皆さんも見学した事があると思いますがここには、お酒の貯蔵もしており一定温度(年間を通して16度前後)と冷暗所が必要な酒の貯蔵には最適で、この、3年貯蔵酒は予約で売りきれてしまうそうです。」

全国各地で洞窟やトンネル等を利用した施設が数え切れないほどあります。

それと同時に、上野原の立地を考えてみました。

中央高速と中央線が首都圏に直結している。主客が逆になったが甲州街道がそれを補完している。中部横断道が出来たら清水港とつながる。長野へのアクセスが佐久地方にまで及ぶ。

圏央道が開通すると横浜や北関東が直結する。道路網を考えただけで、胸が高鳴るネットワークが近いうちに完成する。

「石原さんが民間使用を考えている横田基地は25km内、座間も35km 」 航空運輸も近接しているのだ。


「上野原を中心にして、コンパスでサークルを描くと、50kmの距離にあるのは、大まかに新宿、横浜、真鶴、鎌倉、江ノ島は45km、裾野、本栖湖、甲府、金峰山、長瀞、東松山、川越、笹目橋ということになる。」

「また、100kmのサークルでは、成田、館山、下田、静岡、駒ヶ根、諏訪、小諸、伊香保、小山となる。」

「つまり、上野原から直近の100kmの範囲内に日本人の1/4を超える首都圏人口が住んでいて、車で1時間前後内にに大消費地がある。」

 上野原の立地環境を考えると、戦後に米軍が飛行場を考えていたのは、それなりの理由があったのだ。
上野原町は日本の臍だと言う。つまり、日本の中心らしい。私は、臍よりも肺臓や心臓が近いのかもしれないと、話を聞き終わって、そうも思った。あっそうだ。読者の皆さんには忠亮君の話を全部お伝えしていない。

現状での高速道路網であっても上野原からの各地へのアクセツは素晴らしいと思いますが、問題は中野トンネルの渋滞で何処に行っても上野原より中野トンネルの知名度の方が勝っていました。しかし、今年には6車線化が終了し、圏央道や中部横断道及び外環道と第2東海道の各高速自動車道が工事中であり、圏央道と平塚市か茅ヶ崎市付近が計画され結ばれ、海運が加わったら1時間程度での物流は当地点が日本一と思います。

余談ですがリニア新幹線は博多・盛岡間との考えが金丸先生の心にあったと言われています、これも、実際に全国を当地から出発して見て始めて利便性がわかる事だと思います。

東京都の石原知事は横田米軍基地の返還と民間空港の構想を発表しました、近くには神奈川県に同じ米軍の厚木飛行場もあり、世界の緊張が緩和さて返還後され民間活用となれば陸路・海路に加え空路も50q以内に確保される。

近くに牧場の無い、国道16号線沿いに牛乳の工場が多くあります。これは、九州や東北及び北海道から市場に近い場所に工場があれば供給が楽になり、早急な手配が敏速に出来ます。

上野原から1時間程度の関東地方と長野県や静岡県と当県で4,529万人の人口があり国の人口が1億2692万人(2000年国勢調査)からすると35.7%で日本人の1/3が住んでいる巨大な消費地があり、企業が狙わないはずがありません。

この、市場内は関東平野でトンネルを掘れる山が殆どなく、井戸のようなトンネルになってしまいます、高速道路で東京から一番近いトンネルは小仏トンネルで東北道のトンネルとは距離では比べ様がありません、そこに10q以内に相模湖東・相模湖・上野原のインターチェンジがあり全国を廻ってもこんな至近距離に3つのインターチェンジが設置されている場所は気に付きません。

そのような環境下の町内にトンネルを掘ることが出来れば、海抜160mから1,500mもの1,350mの高低差を利用して、町内の山を50mの高低差でトンネルを作ると、20層程度は可能でその延長1,000q程度は夢ではありません、近隣国定公園の素晴らしい山や川の環境をそのままに、トンネル内の日本一の物流基地と成る事は皆さんも想像が付くと思います。

今までの話しでトンネルや洞窟利用の貯蔵には玄米や野菜が適している事がわかって頂けたと思います、北海道のジャガイモや鹿児島のサツマイモ当然和歌山や愛媛のミカン、ダイコンにニンジン・ハクサイ等、話しきれない種類の野菜や果物等が貯蓄できます。当然青果市場も開けます。

1,000qものトンネルは利用者がいるのか疑問なところもありますが、ある程度の貯蔵や市場の開設等の条件しだいでは、中央道の下に食料品専用道路をトンネルを作り雪や台風等の気象条件の悪い場合もクリア出来ると思いますし、全長は200qもあれば充分に消費地に直結できます。

最近の報道で風の強い地域では風力発電、雪が積もる地域では冷房にと地域の特色や地形をふるに活用していますが、日本の1/3の人口を100q以内に持っている上野原町とは条件が違います。

「上野原町は、物流基地には最適」とは思いませんか。出来るだけ早く役所内にトンネル課を設置し行政の収益を考えてみたいです。


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